人生は不測の事態の連続です。特に昨今の新型コロナ感染や、ロシア・ウクライナ問題などによって、それを痛感している人が多いと思います。小さなことでは、朝、出勤しようとすると体調不良を訴える子供。昨日まで仲良しだった人との険悪な関係の発生など、人生で思い通りにゆくことなど、実に限られています。不測の事態とはつまり、正常と考える位置からの変化と言うことです。誰が言ったか知りませんが(ダーウィンが言ったと言われていた時期も)強いモノが生き残るのではない。賢いモノが生き残るのではない。変化に対応できるモノが生き残る。と言うような言葉があります。私が思うに、これは変化に対応できる、俊敏性や知能、持久力や精神力が総合的に備わっていると言う意味ではないように思います。まず第一に、・変化に気づいているかと言う点があります。“茹で蛙”の寓話はご存知だと思いますが、蛙は心地よいぬるま湯に浸かっているうちに、じわじわと温度が上がり茹って死んでいくわけで、小さな変化は常日頃から意識しないと分からないと言うことです。次に、・すぐに変化に対応しているか(もしくは優先順位を判断して予定表に書込み一つずつ処理していく)と、言うことです。例えばあなたの身の回りでは、日々、どんな変化があるでしょうか?・洗濯物やほこり、ゴミクズ・汚れ、開封すべき封筒、連絡するべき関係先など処理すべき案件、身体の疲労、贅肉や重ねる年齢、シミシワなどが溜まっていきます。もちろん、預貯金・財布の中身や食材、生活用品のように減っていくものもあります。それらを放置すれば、どんどんと予定の“贅肉”が蓄積し思考は混沌とし、動きが鈍くなったり、急場の対応能力が衰えて行きます。しかし、少し伸びたら整える爪や頭髪のように、スマホの充電残量のように、日頃から意識して小さな変化に対応していれば、永遠に大きな変化には至りませんし、もしも大きな不測の事態が発生しても、十分な健康、体力、気持ちや時間のゆとり、日頃から蓄積した知識や対応能力などが備わっていれば、恐らくは瞬時に解決策が浮かび、即座に対応でき、数日から数週間で平穏な日々に戻ることができるのです。もちろん大病など、命に関わるようなことには、そんな簡単にはいかないのですが、そのような大事に至る可能性も、日頃の変化への対応不足が拡大させているのは確実です。「継続は力なり」と言いますが、無理矢理にでも継続していることが力なのではなくって、継続していける状態を継続していることこそが、力なのだと思います。-------------------------------------“生きていて何の意味があるのだろう・・・(死んでも良いのでは?)”“こんなこと(作業/学習/運動etc)していて何の意味があるんだろう・・・”“掃除機なんかかけなくたって・・・。洗濯物なんか畳まなくたって・・・”人は心身が弱った時に、一度くらいはそんな風に感じることがあるかも知れません。それは、気楽でいる為です。快適で健康で心が穏やかで、小さな幸福を感じられるためです。そうでないと、良い出会いも、何かのチャンスも無駄にしてしまうのです。どんなに素晴らしい輝きを放つ人も、寝込むほど心身が病んで贅肉を蓄え、気力が失せた人も、はじめは、「たった一つの、目の前のゴミを拾わず放置した」とか「不要なひと口を食べた」と言った様な、ほんのちょっとの変化だったはずです。
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良い ありがとう
評価が遅くなり申し訳無い限りです。丁寧な返事をして頂きありがとうございまし...
良い Gina
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