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世隠うさぎさんのプロフィール

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ご縁があれば、お返事いたします ※投稿内容は個人のものであり、所属する組織・団体とは関係ありません


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ニックネーム
世隠うさぎ

認証
身分証認証済み 電話番号

評価
1 0 0

性別
非公開

登録日時
2022/09/07

居住区
未登録

職業
未登録



投稿一覧 投稿一覧
評価一覧 評価一覧
メンバー

人間・生物学的人・社会の限界を悟った厭世家と話したい

新宿区
以前、厭世的な話をしていたとき、相手から返ってきた言葉がある。 「愛されてないし、人や世界を愛せないし」と。 気持ちは分かる部分もある。でも、そこで僕は少し立ち止まった。 正直に言うと、僕は比較的愛されてきた方だと思っている。 寵愛なんかじゃない。母は厳しかったし、期待に応えようと長年やってきた。 でも完全放任でもネグレクトでもなく、恵まれていたことは確かだ。 その差が、僕と相手の間にある見えない壁だと感じた。 僕自身はかなり「悟り」に近い地点にいると思っている。 生物学的な人間としての限界も、社会の矛盾も、もうかなり腑に落ちている。 それは積み上げてきた経験から来るものであって、理論から導いたものではない。 ただ、単純なニヒリストではないつもりだ。 虚無を認めた上で、形而上学的な価値を求める。 形而下においても主観的な価値体系を持つ。 積極的虚無主義というか、そういう立場に自分はいる。 生物学的制約や社会の矛盾に失望することはある。 でも、それを理由に動けなくなることはない。 限界を知った上で、自分の中の価値を生産していくことの方が面白いと感じている。 「愛されなかった」という原体験から厭世に至った人と、 「それなりに愛されてきた」のに同じ結論に達した人では、厭世の質が違う気がする。 どちらがより深いとか浅いとかではなく、根拠が違う。 そしてその根拠の違いが、話の深さを左右する。 同じ「人間・生物学的人・社会の限界を悟った」という場所に立っている人と、 そこに至るまでの経緯や考え方をフラットに話してみたい。 話せば分かる、話さなければ人物など分からない。
05/08
メンバー

哲学者や既存の思想の話でなく、自身の言葉で思考するのが好きな人と繋がりたい

新宿区
哲学が好きな人と、考えるのが好きな人は、似ているようで結構違う。 前者は本や偉人の思想を読み込んで、知識を積み重ねることに喜びを感じるタイプだ。 それはそれで素敵だと思う。僕がどうということではない。 ただ、僕はそっち側ではない。 僕にとって哲学書や名言は「道具」でしかない。 自分の思考を組み立てる材料として使うことはある。 でも、それをそのまま受け取って「深い話ができた」とはならない。 ある哲学者が「人生の意味」について語ったとして、 それを自分の生活や価値観に照らして、自分の言葉で再定義するプロセスが大事だろう。 「〇〇はこう言っていた」で終わる会話は、面白くない。 「どう思う?」と聞かれた時に、自分の言葉で返せる人と話したい。 固有名詞や引用を挟まなくていい。自分がどう感じて、どう考えているか。 もっと言うと、既存の枠組みを使わずに自分の思考を説明できる人って、思ってるより少ない。 「ニーチェ的には」とか「実存主義で言うと」みたいな文脈に依存した話し方は、 便利なようで思考の輪郭を曖昧にしている気がする。
05/08
メンバー

軽度鬱・躁うつの(自称でも)天才肌・ニヒリストの人と仲良くなりたい

中央区
ちょっとした、でも慢性的でずっと続く憂鬱さ。 人/人間/社会/生物学的人への、漠然とした諦め・失望。 そういった、いわば抑うつリアリズムな人と仲良くなりたいと思っている。 でも同時に、「死ぬつもりじゃないなら楽しく生きてた方がいいよね」という感覚もある。 半強制的なポジティブシンキングではなく、なんだかんだそれなりに楽しもうとしてきてる人。 ニーチェが言うような、虚無を認めた上での積極的ニヒリズムに理解が持てるような人。 そういう頭の良い方って、実は少ないんですよね。 大半は白黒思考で、だめだからだめで何もしない。 でも僕が話したいのはそこじゃない。 「鬱(双極性障害)持ってるんです!」って、精神面がアイデンティティそのものになってしまってる方とは、 正直少し疲れそうで付き合えないかなと思っている。 重篤の大小もあるだろうし、私がごく軽度なのかも似非なのかもしれない。 他人に言われる筋合いはお互いないけどね笑。みなさん何があったかは分からないし、大変なのでしょう。 僕が求めているのは、マイナーな現実主義者ポジティブダウナーの方だ。 「私はそんなんじゃない!」という方は、マジョリティの罹患してる方々と仲良くしていれば良いと思う。
05/07
メンバー

創造的な引きこもり(陽気な引きこもり)と繋がりたい

新宿区
引きこもりというと、ネガティブなイメージを持たれがちだ。 でも、実は大きく分けると2種類ある。 ひとつは、いわゆるステレオタイプな引きこもり。 社会や人間関係のストレスから逃れるために、消極的に家に閉じこもる状態。 もうひとつは、目的や信念を持って自発的に引きこもるタイプ。 能動的引きこもり、とも言える。 内面的な探究や創作、専門的な研究などを追求するために、自分で選んで孤独を取る。 隠者みたいな感じ、と言えば伝わるだろうか。 一人でいることで何かを生み出している人が好きだ。 アート、音楽、プログラミング、小説、何でもいい。 人と群れることよりも、一人でいる時間に自分の本質に触れる瞬間がある人。 逃避として引きこもってるんじゃなくて、意志を持って孤独を選んでいる人。 他人と過ごす時間が無価値だとは思っていない。 でも、一人の時間がその人のエネルギー源になっていて、 孤独の中で何かを育んでいる人となら、共感し合えるものがある気がする。 同じように「陽気な引きこもり」として過ごしている方がいれば、ぜひ話してみたい。
05/07
メンバー

主観的な価値尺度を持った抑うつリアリストと話したい

新宿区
「生きてるだけで偉い、立派だ」という言葉がある。 気持ちは分かるし、否定したいわけでもないんだけど、 正直に言うと、その言葉には少し疑問を感じる。 「生きている」こと自体に価値を見出すのは、あまりにも抽象的だと思うことがある。 何も生み出さない「リソース食い虫」という言い方は厳しすぎるかもしれないけど、 ただ存在しているだけで善だ、という話にはなりにくい気がしている。 境界知能やその他の認知的な制約が、抑うつ状態を引き起こすことも現実としてある。 それでも、「生きているだけに意義がある」で終わらせるのではなく、 何らかの活動や価値を持つことで、はじめて人生に意味が見えてくるのではないかと。 (念のため言うと、僕は境界知能の当事者ではなく、ここでは一般論として言っている) 現実を見ていれば、時には膝をついて「もう無理だ」と感じることもあるかもしれない。 でも、すぐに死を選ぶべきだとは思わない。 社会や企業には、比較にならないほど悪質で、環境を傷つけ他人を犠牲にして利益を得ているものも存在する。 それらと比べれば、自分が無価値だという結論には普通ならならない。 価値は一様じゃない。経済的な利益を追う人もいれば、信念をSNSで発信することに価値を置く人もいる。 自分が何を大切にしているか、何を達成したいか。 主観的な価値に向き合うことで、はじめて行動に意味が見いだせると思っている。 現実を冷静に見ながら、それでも自分なりの価値体系を持って生きている人と話したい。 抑うつリアリストだけど、自分の価値軸を諦めていない人と。
05/07
メンバー

通信制大学に現役・20代前半で在籍・卒業した人と繋がりたい

千代田区
自分のやりたいこと・仕事・人生の充実など、目的を持って通信制大学に進んだ方と繋がりたいと思っている。 僕は放送大学に現役(高校卒業後すぐ)で進み、そのまま卒業した。 大学院に進むつもりはなかったが、最近気が変わって、今は大学院で学んでいる。 繋がりたいのは、「私と同年代で、同じような考えで通信制大学が合理的だと判断した方」だ。 親に勧められたからとか、消去法でとか、そういう経緯の方とは話が合いにくいかもしれない。 学びの観点から言えば放送大学で問題ない。 学士が欲しいだけなら通信制大学で問題ない。 Fランに400万払うなら通信制大学の80万以内の方が経済合理的だ。 国外では国内有名大学の名前より修士の方が上だし、海外・外資では日本企業特有の大学名偏重は機能しない。 だから、「国内大企業への新卒就活プランが始めからない」自分にとっては、 放送大学が唯一かつ最も合理的な選択だった。 これを、誰かに言われたわけでもなく、高校時点から自分で考えて導いた人と話したい。 調べれば分かることを調べた上で、自分で決断した人と話したいという、それだけの趣旨です。 他の通信制大学でも、一定の合理性があるとは思っている。 東京通信大学、サイバー大学、慶應通信、UoPeopleなどは、それぞれ文脈によってはありだと思う。 ご縁がある方はぜひ。
05/07
メンバー

静かに怒ってる人と話したい

福岡市 城南区
「静かに怒っている」人というのが存在する。 表面は穏やかだし、声を荒げるわけでもない。 ただ、どこかに確信めいた怒りが根底にあって、 それが動機になって動いている人。 社会や制度の理不尽さに、明確に怒っているけど叫ばない。 人間の愚かさに失望しているけど、感情的にそれを吐き出さない。 その怒りを内側で変換して、思考や行動の動力にする。 世界の構造や人間の性質への失望は持っている。 ただ、それをSNSで発散したり、誰かに愚痴ったりする気にはほとんどならない。 その怒りを、考えることや作ることに変える方が比較的には性に合っている。 「静かに怒ってる」という状態は、ニヒリズムとも少し違う。 ニヒリストは怒りを持たないか、あるいは怒ることを無意味と判断している。 でも私が言っているのは、怒りを持ちながらそれを静かに燃料にしている人のことだ。
03/24
メンバー

自分の価値観を一度も疑ったことがない人とは話せない

福岡市 城南区
「価値観を疑ったことがない」という状態が存在するのかどうか、 私には正直よく分からない。 でも、確かに存在するらしい。というか、大多数がそれだと思う。 自分の信念が正しいことを前提に話す人というのがいる。 疑ったことがないから、疑うという行為自体が視野にない。 そういう人と話すと、どこかで詰まる感覚がある。 議論の余地がない、というより、「議論とは何か」が共有されていない感じ。 「一度決めたら迷わない人」の方が行動は速いし、社会的には強い場面も多い(テールリスクも背負ったトレードオフ戦略ではあるが)。 でも、「なぜそれが正しいのか」を問わずに動ける人とは、 少し深いところで必ず話が噛み合わない。 自分の価値観を疑ったことがある、というのは、「ネガティブな自己評価」とは違う。 「自分はこう思っていたが、本当にそうか」を一度でもまともにに考えたことがある、ということだ。 別に結論がどこにあっても構わない。 そういう人とだけ、ちゃんと話したいと思っています。
03/24
メンバー

「頭が良い」と「要領が良い」を別物だと思ってる人と繋がりたい

札幌市 北区
「頭が良い」と「要領が良い」は違うと思っている。 これが分かる人と分からない人では、話せる内容が大きく変わる。 要領が良いのは、社会のゲームのルールを把握して、 そこで高スコアを出すのが上手い、ということだ。 試験で点を取るとか、仕事の評価を上げるとか。 それは一種の能力だし、実用性も高い。 でも、頭が良いというのはそれとは別の話で、 ルールそのものを疑えるとか、文脈を変えて問いを立て直せるとか、 前提が崩れたときにゼロから組み立て直せるとか、 そういう種類の動き方ができることだと私は思っている。 社会的に評価されているのは要領の良さの方が圧倒的に多くて、 「頭が良い」と言われている人の大半は要領が良い人だったりする。 それ自体は別に問題じゃないんですが、混同されると話がズレる。
03/24

全9件中 1-9件表示

  • koo140903 (投稿者)
    助け合い > 削除済みの投稿です
    良い

    有難うございました。

    2024/09/08 20:04