受け渡し時の時なのですが、購入される方、みなさん現金を封筒などに入れてから渡していらっしゃいますか?
私は殆ど出品側なのですが、今まで10点ぐらいお譲りしていますが、1度しか封筒に入った現金を頂いたことがありません。
殆どの方はお財布から出される感じです。
私が購入する時はかならず封筒にいれ、その場で中身を確認して頂いてます。
私の頭が固すぎるのかもしれませんが、マナーとして封筒に入れたりしませんか?
一番ひどい方は1000円の物を万札で支払って来て、お釣りありますか?でした。
流石に数百円のお釣りならわかりますが、万札ならどこかで崩して来て欲しかったです…
その時は流石に私もそんなにお釣りを持っていなくて、仕方ないので自分の使うATMがあったので、そこで両替してお渡ししましたが。
コンビニも近くにあったので、それなら何か買って両替してほしかったです。
申し訳ありません、お釣りがないですと言ったら、あー、どうしましょうって。
私が解決するのを待ってるだけでした。
金額も決まっているのに、そのままポンと渡されるのはなんとなくうーんと思ってしまいます。
9件の回答
私も、人に品物をお渡しすること(出品者側)が多いのですが、お品代を封筒に入れて下さる方というのは、私の経験上少数派でした。
私も、トミー様と同じで、封筒に入れてお金をお渡しすることがマナーなのではないかと思ってはおります。
しかしながら、実際いろんな方にお会いしてみると、自分の思っていることは必ずしも正しいわけではないんだな…色んな考え方の方がいるな…と思いました。
人それぞれと思って対応するように、私が思う通りの行動をしてくれるわけはないんだと、期待しないようにしています。
私自身は、譲ってもらう際には今まで100%おつりのないようにお金を持って行っていました。
私自身はそれを当たり前と思っておりますので、逆に、譲ってもらう際にお相手の方から「おつりの無いようお願いします」と念押しされた時は、少し嫌な気持ちになったことを思い出します。
私も、トミー様と同じように、万札でお品代をいただいたことがあり、困惑したことがあります。
わずか100円で提供していた漫画本のセットにも、当たり前のようにお札を出されたり…。
「ご希望の品物〇点で、合計〇〇円となります」とメッセージに書いていても、実際お会いしてみると、「おいくらですか?」や、「無料のものはどれでしたっけ?」「私こんなのに問い合わせしました?」等と、とても適当な感じで、ちゃんとわかっていないという方もいらっしゃいました。
相手様に期待をしないように…出来る限りおつりを要求されても対応できるようにはしています。
私も、トミー様と同じで、礼儀としてそのままポンと出すのは…という気もします。悪びれずに財布からそのまま出す方もいらっしゃいますが、「封筒等はないんですが、このままでいいですか?」等と聞いてくる方もいらっしゃいます。
お譲りする立場の方(出品者側)の中には、封筒なんて邪魔だからいらないという方もいらっしゃるようにも思います。
確かに金額決まってるのに
なぜ?と思いますね💦
トミー様
ご質問ありがとうございます。
goldwing様、tatsuji様、妖精→様が
おっしゃられる通りでもあり
すべての回答に参考になります。
こればかりは人を選べません。
封筒でお渡しする事を私も徹底は
しておりますが、相手によったら
ポケットじゃらじゃら、
お金がないから釣りある?とか
お会いした時点で値下げ交渉やら
1円玉たくさん渡されたりしました。
私の経験上、投稿者側で
結構、両替してくれますか?という方います。
一番酷い人は両替のお金を
持ってないと言われたら舌打ちされて
両替をあちらがしてきたら
目も合わせずお金だけバンと
手に叩きつけるように
した方がおられました。
防止策としては
プロフィールや投稿に
【両替はしない】と
コメント入れておきましょう。
「ジモティー解決広場」
・・・と言った案内画面が現れてふと覗いておりまた。
課題となった今日のお見かけしました事でそのまま感じた事をあえて言葉にしてみました。
こうしてある事柄に対してそこで気になった事でのお話しは、
何も感じないで流れるだけの意味からを考えますととても貴重で大事な問う投げかける問題かと思うものがあります。
しかしながら、
私たちはその問題点として掲げる以上は、一体何を根拠にしての所なのか?をついつい感情論で語ったりする嫌いもあります。
どの場合も
そうした問題視となる話題に共通する多くは「枝葉」の論議で良いか悪いかどうなのか?を語る事があって、一見訴える側のお話しはもっともと一瞬正論だと錯覚させられるような感じもあったりとして、ついつい私たちの目はそういう方向で一人歩きした解釈論で動いてしまう事が多くあります。
肝心のは、
「枝葉」の論議ではなく、何がここでの解釈の基準なのか?の「幹」なるもの「根っこ」なる原点の目的にその答えがあると考えるものが常に大切である事ですね。
場所と場面が変わる事でその対する「解釈」も変化する事を常に置かなければ人と人とのコミュニケーションでは不具合が起きます。
その「原点なる幹根っこ」とは、まさに「ジモティー」の意義にすべてがあると考えています。
ここでは、
いったい何を目的として成立された場所であるのかのところで私たちは利用させていただく側として「熟知」しておかなければならないという事でしょう。
それが無しに、あるいはそこを見ないで、
あれこれと語り合うこと自体がナンセンスであり、そこにはどんなに正論をかざしても「自分の都合」で語り合うしかないのが結果論だと私は考えます。
つまり、
「ジモティーの目的にあるもの」と言う「T.P.O」をしっかりと理解、受託したうえでの利用を考えればそこに単純に素直な「答え」が出ているでしょう。
私のこれまでのジモティーの解釈では、
今は複合的に様々担う役目にある「ジモティー」ではございますが、
そもそもがこの「ジモティー」の存在への形やその理由の中には「不用品になったものを捨てるだけではない、そこに必要とする人にお譲りするため」の間を取り持つための「結び」がある場所としてこれまで世の担う大切な個と個を結ぶ「提供」をしていただいているものがこの「ジモティー」だと認識しております。
その事からの基準で考えると、
ここは、今日の課題に向けて私が感じるところでは
出品する側(その立場そして責任の所在)の不用品もしくは販売を目的とした商品。
お買い上げ側(その立場そして責任の所在)助け人であればまたお客さん的な存在。
このように、
互いがそれぞれの「良き都合」の中で成り立つとした形からも、マナーやルールなどの文言で問題点として語り合うものは果たしてどうだったのか?が、次に問われるものが生まれて来てしまうようで、そこにあれこれと語り合う「感情」が発生するのはもちろん分かります。
しかし、
どうでしょう。冷静に考えれば、そこに言い始めちゃうとお互いの「助け合う」形での「ジモティー」の目的からは離れて行ってしまうものを感じられ、何かあった時にはその感情の気持ちはわかりますけども、ここはそれぞれの「立場そして責任の所在」で解釈しあえば、どんなお取引の形があってもそれはそれで良しとして、先ずは何事も「ありがたい」とした感謝を持ちあえるのが「ジモティー」の精神だと考えます。
言ってみれば、
ここはよくある「ガレージセール」や「マルシェ」のような青空市でのマーケットと思えば、それぞれがお財布からそのままを出し、そしておつりがあればそれを渡して「ありがとう!」ってお互いが声かけあうような場所と思えば、そこにマナーもルールもなく自然ス
タイルとして笑顔で終えて行くので充分なやり取りになるはずです。
もちろん、そこでの常識に範囲なお互いが成立しているのが大前提であるのは確実ですけども、形はそれぞれで良いと考えるのが良いものだとその場所にある「T.P.O」が許してくれるものと考えています。
そういう場面でも中に気分を壊す側のどちらの立場の人も存在するでしょう。
良いじゃないですか!そういうお方様は自分とは同じに分からない人だと考えるだけで。
それはどこでも何でも世の常です。
さて、
マナーやルールは当然のようにそれはとても重要視しております。
ジモティーの「T.P.O」からを考えるとそれがどういうものであっても(違反や犯罪につながらないものであれば)出来不出来は相手の人柄に委ねるだけの話として、そこは語らずにある「感謝」の念で事が動かれている事を信じたいと思います。
ご投稿者様のお気持ちは充分にわかるお話しでございます。
声を上げる事については実に尊重したいと考えます。
ここで言うところの
人柄について語るならば、
また別な場所で世の常に対して語りたいものです。
生意気を言いました。
以上です。
ありがとうございました。
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