朝、目が覚めると、体が少しだけ重かった。 理由はわかっているようで、わからない。 学校に行かなければならない。 でも、その「行かなければならない」という言葉が、 ときどき、妙に遠く感じられる日がある。 たぶん、教室の空気だ。 あの、どこにも逃げ場のない感じ。 誰も何もしていないのに、なぜか息が詰まるような。 僕は、そういう日をいくつか知っている。 長岡に、ひとつの場所がある。 元料亭だった建物で、 4階建てで、 そして、90畳の大広間がある。 最初にそこへ入ったとき、 僕は少しだけ驚いた。 広すぎる、と思った。 人が何人いても、 誰とも距離を取りながらいられる広さだった。 畳の匂いがして、 窓から光が入ってきて、 どこかで時間がゆっくり流れているようだった。 そこでは、誰も急かさない。 「ちゃんとしなさい」とも言わない。 「みんなと同じように」とも言わない。 ただ、それぞれが、それぞれのペースでいる。 それだけのことなのに、 なぜか少し、呼吸が楽になる。 不思議なことに、 その場所でやっているのは、 日本の学校の勉強だけではない。 アメリカの高校のプログラムがあって、 そのまま卒業資格が取れるらしい。 つまり、ここにいながら、 世界につながっている。 それは、思っていたよりも静かで、 でも確かに現実的な「出口」だった。 午後になると、 屋上に出て、風にあたることができる。 ときどきBBQの煙が上がる。 遠くの空が、やけに広く見える。 車で少し走れば、温泉がある。 冬になれば、雪が降って、スキーができる。 どれも特別なことじゃない。 でも、ここでは、それが「普通」にある。 ある日、誰かが言った。 「ここって、逃げ場所じゃないよね」 僕は少し考えてから、答えた。 「たぶん、違うね」 逃げる場所は、どこにもつながっていない。 でもここは、ちゃんとどこかにつながっている。 教室に入れなかった日が、 そのまま終わりになるとは限らない。 むしろ、それは 別のドアを開ける合図かもしれない。 90畳の部屋で、 誰にも急かされずに座っていると、 少しだけ思う。 世界は、思っていたよりも広い。 そしてたぶん、 そのどこかに、自分の居場所はある。 もし、今いる場所が少し苦しいなら、 無理に合わせなくてもいい。 場所を変えるだけで、 見える景色が変わることは、 意外と多いから。 ここは、学校の代わりではない。 ただの「別の選択肢」だ。 でも、その選択肢が、 君を世界につなげる可能性は、 ちゃんとある。 静かな部屋で、 ゆっくり呼吸ができるようになったとき、 人は少しだけ、前に進める。 それだけで、十分だと思う。
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