裏表紙カバーにシミがあります。(写真③) 40年以上前の発刊です。全体的にくすみがあります。 『一日一禅(上)』 秋月龍珉:著 講談社現代新書 昭和55年 第5刷 縦:17.5cm 横:11cm 厚さ:1cm 禅語には、本来、参禅にあたる修行者に、師から与えられる参究の課題、つまり公案としての役割がある。それは、禅者ひとりびとりが修行と体験をこめて、自己の存在をその一句に吐き出した重みをもつ。本書は、幾百年、師から弟子に伝えられて今日に残る禅語三百六十六句を選んで、一日一句を配し、禅の深みを知り、参禅への第一歩の書としても、座右の銘としても利用できるものとした。上巻は、日本と中国の禅語を解説し、さらに公案の新しい体系を編んだ基礎篇。 無心の禅機 禅とは、座禅でまず自己を空ずる(真空無相―差別から平等へ)、そうすると不思議に「自己がなければすべてが自己」(真空妙有―平等から再び差別へ)という「自他不二」に目覚める体験だから、柱にでも富士山にでも何にでもぴたりと一つになる修行がたいせつだというので、たいていは物真似のなりきり禅ですませてしまう。しかし、問題はそれだけではない。分別知を容れずに、無相の自己がすっと働く無分別智の禅機(禅的働き)が生命だ。「雨漏だ。何か持ってこい」と師匠がどなった。もう一人の弟子は、ザルでは水は受けられぬと分別して、よそに器を探しに行った。師匠は、即座にザルを出した小僧の機鋒をほめた。あれこれの法理の解説は、無心の禅機のあとからの分析にすぎない。まず法理を考えて分別のあとでやおら働き出す、というのは断じて禅ではない。――本書より まえがき Ⅰ 柳緑花紅 日本の禅者の機縁1 Ⅱ 照顧脚下 日本の禅者の機縁2 Ⅲ 無孔の鉄槌 中国の禅者の機縁1 Ⅳ 滴水滴凍 中国の禅者の機縁2 Ⅴ 冷暖自知 公案体系1 Ⅵ 灰頭土面 公案体系2 人名索引 事項索引
『一日一禅(上)』秋月龍珉 講談社現代新書 高知 中古あげます・譲りますを見ている人は、こちらの記事も見ています。