日本のやきものには種々様々あり、たとえば茶道の茶碗や茶入・花入・水差といったやや格式ばったものから、ふだん普通に使う皿やカップ・鉢などの極めて身近なものまで無数である。しかし、その中でもほとんどすべての人が使い、そしてその多くがその人個人の持ち物である場合が多いのは、いわゆる「湯呑み」であろう。 茶道のやきものに関しては、茶道をたしなんでいる人でなければ馴染みがなかろうし、また、ぐい呑みなどは、酒があまり好きではない人、あるいは全く呑まない人には無関心であろう(もっとも酒豪といわれる人であっても興味はもっぱら酒そのものであって、その入れ物には全くこだわっていない人が多いかもしれない)。皿や鉢なども、特定の人を除けば、その都度の用を成せばなんでもかまわないという人が多いのではなかろうか。 そのような中で、毎日何気なく使ってはいるが、かと言ってその都度どれでもかまわないというのではなく、自分のものがはっきり決められており、あまり他人には使わせない、そして他人のものもそう気軽には使う気になれないものが「湯呑み」なのである。 今まで日本のやきもので鑑賞の対象となってきたものは、茶道関係のもの全般、そして一部の高級な皿や鉢などである。しかしもっとも身近なものであろう「湯呑み」については、鑑賞の対象として扱われたことは皆無であったように思われる。 もともと、やきものの美しさは焼きあがったその瞬間に確定するのではなく、長年使い込むことによって変化したその姿にあると思われる。その意味では、正に「湯呑み」はその可能性が最も期待できるやきものなのである。 今まであまり顧みられることのなかった「湯呑み」にこそ、やきもの本来の良さがあり、もっと見直されなければならないものと考えるのである。以上のことから、やきもの好きの方々と共に「湯呑み」にこだわって、やきもの本来の美しさを追求してみようとの趣旨のもと、ここに本愛好会を設立するものである。 (追記) この会においては、湯呑みに対する先入観を排除する。もともと湯呑みに定義はなく、大きさや形に決まりはない。従って、お茶が呑めれば何でもよく、抹茶茶碗で毎日煎茶を呑んでいるという方はそれを湯呑みとする。珈琲カップを使っているという方もしかりである。 活動内容は、定期的に各自自慢の湯呑みを持ち寄り、皆で鑑賞しあう。当然、湯呑みにも、美濃焼、萩焼、唐津焼、信楽焼、伊賀焼、備前焼、有田焼、京焼、薩摩焼、小鹿田焼など、日本の各窯場のものから、或いはどこの窯場のものかすぐには判別しにくいものまで様々ある。そのへんの鑑定を含めて和気あいあいと話ができればと思う。 湯呑みは、リサイクルショップなどに行けば数百円程度でかなり良いものがあったりするので楽しい。場合によっては掘り出し物もある。上の2番目の写真に掲載のものは、著名な作家のものと思われる。 会員募集中!(仮会員OK)参加費、活動費等一切なし。
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