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日本の未来を考える会さんのプロフィール

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自給自足の町づくり・自給自立国家日本 🔍『日本の未来を考える会 モデル都市プロジェクト』 よりよい日本を未来の子供たちに残す為に、具体的プロジェクトを開始しております。 ご関心を持って頂ける方をさがしております。


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ニックネーム
日本の未来を考える会

認証
身分証認証済み 電話番号

評価
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性別
男性

登録日時
2020/08/10

居住区
未登録

職業
未登録



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メンバー

自給自立国家モデル都市 賛同者・参加者を募集中です。(自虐史観脱却/学校教育・3世代連帯の助け合いで自給自足の町づくり)

旭川市 旭町一条
. ●「日本の未来を考える会 モデル都市」の考え方 結婚 子育て 教育 就職 介護環境 など… 全ての世代に於いて不安が山積する日本の現状があります。 「戦前の日本は良かった。昔はこんなんじゃなかった。」 と思われるご高齢者、 また、そういう話を聞いた事のある方は 多いのではないでしょうか? 昔ながらの助け合いの日本は、 一人一人の考え方が共通していた事で実現していました。 その考え方は、「修身教育」によって国民全員が一致していました。 ーーー  修身教育とは? 戦前の日本にあった、「道徳・人格教育」です。 軍国主義の象徴として扱われがちですが、内容は、 人として大切な教訓を教えている事が分かります。 今日に続く、世界に誇れる日本人のメンタリティーの形成に 大きく寄与した事は否めず、 「道徳・人格教育」の重要性は計り知れません。 ーーー 今日に続く、世界に誇れる 日本人のメンタリティーの形成に 修身が大きく寄与した事は明らかであり、 「人格教育」の重要性は計り知れません。 学校での修身に基づいた人格教育と、 それに伴う助け合い精神の社会構造は、 世界に誇れる素晴らしいものでした。 戦前の日本は、助け合い精神に基づいた 人と人との信頼関係によって成立する社会であり、 若い男女は結婚するのが当たり前で、5人も10人も子供を産んでいました。 そこには、子供たちの成長を見守るおじいちゃんおばあちゃんがいました。 その仕組みが家庭だけでなく、 村、町、都市、国家まで 貫かれていたのが、 古き良き日本であったのではないでしょうか。 ●モデル都市の先駆け、「モデル施設」の実績 私たちは、 古き良き 元気な日本を復活させる為に、 正しい国家観・歴史観教育を軸とした、 完全自給自立社会(モデル都市)の構築を目指しています。 モデル都市の先駆けとして「モデル施設」に挑戦し、 北海道をはじめとして・関東・関西に於いても、 期待を超える実績を収める事が出来ました。 詳細は是非ご検索ください 「日本の未来を考える会 モデル都市」 日本復活の突破口を開く、モデル都市プロジェクトへの 多くの方々のご参加をお待ちしております。 ===== ●モデル都市「共通理念」映像のご紹介 人と人とが集まる社会「モデル都市」を形成するに当たっては、 一人一人の考え方がどの方向に向いているのかが非常に重要です。 考え方が真逆であれば、たとえ家族であっても決裂する様に、 その単位を拡大した、社会・国家に於いても同じ状況となります。 「全員で一致した考え方」の方向性を決定付ける上では、 様々な観点から真実を追求し、客観的に物事を分析する事が大切です。 そこで「理念映像」を制作しました。 モデル都市に於ける、共通理念となっている内容です。 是非ご研究下さい。 「日本の未来を考える会 モデル都市」
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メンバー

終戦80周年に際して ―

旭川市 旭町一条
終戦80周年に際して ―     日本の未来を考える会 8月15日、終戦から80年目を迎えました。 1億総特攻で大東亜戦争を戦った日本は 8月15日に敗戦と言う形で終えました。 日本は自存自衛の戦いをしており、フライングタイガースによる米国の専制攻撃があったにも関わらず、 真珠湾攻撃を先制攻撃とされ、侵略国家だと断定されました。 軍部が戦争をやめるようにと2度の原子爆弾を落としてやったとアメリカは豪語しています。 その後戦争を何度もやっているアメリカです。 原爆投下は明らかに国際法違反です。 無差別に大量虐殺をしました。 東京裁判は茶番劇です。 勝った国が負けた国を事後法で裁いています。 その中で日本陸軍大将の東條英機氏をはじめとする気骨ある日本軍人は、 最後まで立派な戦いをしました。 東條大将は理路整然として「正義は一貫して日本にある」と堂々と主張を貫き、 不義を行った彼らに裁かれる筋合いはないとする一方で、 「敗戦の責任はすべて自分にある。自分は国民に八つ裂きにされても足りない。千々にしてほしい。喜んで刑につく。」と すべての罪を一身に背負い、ただ天皇と国民を護ることに命を捧げられました。 「天皇陛下万歳、大日本帝国万歳」と万歳三唱をして、 両隣に立つ番人の敵兵米兵に対して「ご苦労さん、ありがとう」と労いの言葉をかけて 処刑台に上がっていかれたのです。 昭和天皇は自ら玉音放送で敗戦の事実を日本国民に知らされました。 その中には、親としてこれからの国民に対する励ましが多く語られていました。 その後全国をご巡幸されました。 命がけの事であり勇気のいる事でした。 天皇は自分の命を投げ出して、国民を労われたのです。 他国の元首は、自分の命欲しさに逃亡する者がほとんどですが 日本の天皇は、自ら国民の中に飛び込んでいかれました。 2000年前、イエス様は「己が十字架を背負ってついてきなさい」と仰いました。 日本が近代化の道を歩む明治時代、 新渡戸稲造氏が 「今後世界が、唯物論とイエスの教え、人間主義と神中心主義の"二大対立構造"に分断されるであろう。その時、日本の武士道精神はどちらに付くのかが問われる」と問いかけ、 松岡洋右全権大使が、国際連合脱退時に 「世界の世論によって十字架にかけられたナザレのイエスが、ついに世界に理解されたごとく、 われわれもまた世界によって理解されるであろう」 と宣言されました。 まさしく、イエス様の様に十字架を背負った特攻隊であり日本国家でした。 イエスは十字架上の死で、一見、我欲主義勢力に敗北しながらも、その残された精神がその後の歴史を築いたように、 日本も一見、敗戦しながらも、貫き通した大和魂があったからこそ、 私たち日本人の活路が、今存在しています。 天皇陛下、ご英霊の方々に心から感謝申し上げ、 必ずや、日本復活をもって、その御恩に報いるべく、 自給自立国家モデル都市プロジェクトを推進してまいります。 日本の未来を考える会 広報室 nmkhome.jimdofree.com
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